「引き寄せの法則」という、宇宙の法則を聞いたことがありますか?
簡単に言えば、「願えば何もかも実現する」というもの。
様々な流派があり、引き寄せの「法則」もそれぞれ異なるものの、「願えば何もかも実現する」という点では共通していると思われます。
と、ここまで書いて思ったのですが・・・・
この記事に興味を持って下さった方の多くがすでに「引き寄せの法則」をご存知なのではないでしょうか?
釈迦に念仏!
すみません!Förlåt!
ということで、この記事では、「引き寄せの法則をやめたら、なぜか色々叶い始めた」私の体験談を共有させていただきたいと思います。
あくまで、私の理解と体験談に基づいているので、引き寄せの法則のプロでいらっしゃる方からすると、???と疑問に感じられることもあるかもしれません。
それも含め、ご意見や、みなさまの体験談など、共有できたら楽しそうだなぁ~と思うので、どしどしコメントお待ちしております☺️🌿
では、始めましょう!Nu kör vi!
スウェーデン暮らしの掲示板読者の方へ

始めましょう!とか言いながら、
スウェーデン暮らしの掲示板の読者のみなさまにお断りをさせてください。
いつも、ブログに遊びに来ていただき、誠にありがとうございます🤗☕
そんな大切なみなさんのお時間を大切にしたいので、一つ言わせてください。
この記事は、スウェーデンに関することはあまり出てきません😅
それでも、管理人はこの摩訶不思議な現象を、大切なみなさんと共有したいと思っています!
ということで、ぜひ最後までお付き合いいただけますと、幸いです🌿
それでは、よろしくお願いします!Tack på förhand!
引き寄せの法則のおさらい(初耳の方へ)

簡単に言えば、「願えば何もかも実現する」というもの。
様々な流派があり、引き寄せの「法則」もそれぞれ異なるものの、「願えば何もかも実現する」という点では共通していると思われます。
例えば、
すべては物質で、その振動、波動を高めることで願いが叶うとか、
紙に願いを書いて、毎日見るとか、
波動の高いグルレベルの人は、無の空間からダイヤモンドを出現させることができるとか、
すでに願いは叶っているという前提で、行動するとか、
まず、すでにあることやものに感謝するとか、
神社、お寺を巡りパワーをもらうとか・・・
色々な手法があるようです。
どの本だったか忘れましたが、一番記憶に残っているのは
「馬が欲しかった女性が、馬を飼うお金はないんだけれど、馬がいる!という前提で頭絡(とうらく)を買って、その後の宝くじてきなもので馬をもらった」
というエピソード。
私も馬が好きなので、こんなことで馬が手に入るなんて!と衝撃を受けたことを覚えています。
他にも、お金がすでにある!という前提で行動し、お金を貸してあげたり、宝くじを買ったなんて方のエピソードも目にしたことがあります。
「何か、うさんくさいなぁ」と思われた方、
「ほんまかいな?」と疑いを持った方、
その「疑いが実現してしまう」ので注意です。
引き寄せの法則の落とし穴とでもいうべきか・・・
この法則は、ポジティブなこともネガティブなことも、かまわず実現させてしまうので、
「お金持ちになりたいけど、私には無理だろうな。いや、そんなことはないはずだ。私はすでにお金持ちだ!」
なんて、心のどこかで疑いがあると・・・
その状態
「お金持ちになりたいけど、なれていない自分」という現実になってしまう。
という訳なのです。
この症状に陥る方は、そう少なくはないのでご心配なく。
何を隠そう、私も「引き寄せ病」にかかっていた一人で、この「理想と現実の狭間」で何度もがいたことか・・・。
ちなみに、私がこれまでお世話になった、引き寄せの法則は・・・
全ての本に、「他の人をも、この神秘を伝えることで、幸せにしたい!」という温かい気持ちとパワーが詰まっていました。
これらの本に出遭えたこと、感謝感激です。
他にも、KindleUnlimited で3冊読んだのですが、返却してしまっていて、タイトルも見つかりませんでした💦
すみません!
また、見つかり次第、追加します。
「思考は現実化する」にハマる

社会人になり出会ったのが、1920年代から成功者たちを研究したナポレオン・ヒルさんの「成功する人には共通する思考と行動のパターンがある」としてまとめた成功哲学の本、『思考は現実化する(Think and Grow Rich)』。
中心にあるのは、
「人間が強く願い、信じ、具体的な目標として思い描き、それに向かって行動すれば、その思考は現実になっていく」
という考え方。
本書では、単に「願えばOK」という話ではなく、
願望 → 明確な目標 → 信念 → 計画 → 行動 → 粘り強く続ける
という流れが重要だとされています。
これまでの、超スピリチュアルな「引き寄せ」から、ちょっと現実的な方法に出逢ったわけです。
「信念」あたりは、ちょっと引き寄せっぽいのですが、計画したり行動する重要性を説いているところが、受験を経験し、努力家が良しとされる日本文化で育った私達には、相性がいいのかなぁなんて思います。
パートナービザを引き寄せた話

さて、時間がかかると噂の、スウェーデンのパートナービザ。
このナポレオン・ヒルさんの方法を用いて、何と5か月ほどで取得することができました。
確かに、ビザの申請時は漏れのないよう注意したり、ビザを申請してからも夫がスウェーデン移民局に戦略的に連絡をしたりと、できることはすべてやりましたが、
摩訶不思議としか思えない、スピードにビックリ!
ナポレオン・ヒルさんに心からお礼を伝えました😭(心の中で)
また、これがすごくいいタイミングで、高齢だった祖父を見送り、家族の支えとしての役割を果たしてから、スウェーデンに戻ってくることができました。
息子を引き寄せた話

パートナービザで味を占めた私は、子供もこの方法で授かってしまおう!と思ったのです。
というのも、実は私、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という体質で、卵巣に小さな卵胞がたくさんでき、排卵がうまくいかず、月経不順・排卵障害・妊娠しにくさを抱えているのです。
「子供が欲しい!」と思ってからは、大学時代にお世話になった方の協力もあり、
子宮に話しかけたり、足つぼ、よもぎ蒸し、胎内記憶、運動とスウェーデンにいながらも、ガッツリ日本式妊活?に取り組みました。
そして、排卵薬の力も借りて、2ターム目(2回目)で、息子を授かることができました。
これが、また摩訶不思議だなぁと思うのですが、スウェーデンでお世話になっている産婦人科の先生がお友達でもあるのですが、
その出逢いが、私がピルを飲んでいるのに2か月生理が来ず、スウェーデンでさえ専門の先生に診てもらった方がいいね🤔と言われ、
たまたま診療してくださったのが、出逢いだったのです。
別に、お友達だからと言って特別に何かしてくれる訳でもないのですが、心強いのには間違いありません。
スウェーデンで、人生の迷子になった話

アルバイト、息子、スウェーデン語、数学、デザインの勉強も順風満帆で、目標にしていたUXデザインの専門学校にも、計画通りに入学することができました。
ネイティブたちと肩を並べ、最初のテストでは(文法などは無視して)内容で一番よかったよ!と言ってもらえるまで、がんばっていたつもりでした。
でも、3年費やして入学した専門学校を1か月で去り、そこから人生の迷子になってしまったのです・・・。
クラスメイトの話していることも分かるし、言いたいことも何となく伝えられるけど、グループワークで無視されたり、私のやったことを笑われ(たと誤解した可能性もありますが)、
最後には「移民はスウェーデンに必要だよ。介護とか私たちが嫌な仕事をしてもらうために。」との発言に、心がポキッと折れてしまったのです。
ちなみに、この発言主とは、メッセージをやり取りし、
この移民は私のことではない。
気分を害するつもりはなかった。
と誤解は解け、優しかったクラスメイトにお礼を言い、立つ鳥跡を濁さずでよかったのですが、
「やりたいことが分からない」
「朝が嫌い」
「もう何もかも嫌」
と、鬱のような状態になっていました。
詳しくは、こちらの記事に書いています↓

大分の魔女との出逢い

ゼロに戻った私は、自分にできること、したいことを探すことに。
そこで思いついたのが「教師に戻る」という道でした。
詳しくは、先ほどご紹介した記事にあるのですが、かいつまんで説明すると、オンラインのプログラミング授業での素晴らしい先生とのご縁、日本の教員免許証をスウェーデンのものに変更できると知ったことで
スウェーデンの高校で日本語の先生になろう!と決めたのです。
が、
すぐに正規の教師として働けるわけではありません。
必要な単位を取得し、スウェーデンの教育庁にスウェーデンでも教師として働くための資格があると認めてもらう必要があります。
その間の繋ぎとして、オンラインの日本語&スウェーデン語講師を思いついたのです。
「大分の魔女、あの~どこですか?」と思われた方、
もう少しでご登場いただくので、もう少しの辛抱です😆🪄
スウェーデン語講師ですが、最初は、参加者の募集が思いの外、すんなり行き、無事に開催することができました。(Tack!)
ただ、2回目の開催で事前ドタキャンが起きてしまいます。
あたふたしていたところ、滑り込みで受講してくださったのが「大分の魔女」だったのです。
大分の魔女は、お申込みのメールのやり取りから魔女全快🧙🏻♀️で、
レッスン期間中も、レッスンでの工夫を認めて下さったり、おやつに酒粕をつまんだりする、すてきな魔女にすっかり虜になった私は、
授業終了後、よもぎ蒸しの布教でスウェーデンにやってくるという魔女をわが家へ招待したのです。
オンライン以外で「初対面で、家族構成もよく知らない人を、3歳の息子のいるわが家へ招く」のは、危ないのでは?と夫に言われましたが、
大分の魔女の魔法にかかっていた私は「絶対、大丈夫!」と夫を説得。
魔女を、無事お招きすることができたのです🌿🌿🌿
そして、魔女と魔法のような時間を過ごしたことで、私に「気づき」が訪れ、
今、魔女の教えを伝えたい!とパソコンの画面とにらめっこしているのだから、これが不思議。
魔女の魅力に、3歳の息子もやられたのか、魔女が去った後、1か月たった今も、息子の口から魔女の名前が出てくるのだから、やはり魔女は魔女なのでしょう。
では、さっそく魔女の教えをご紹介しましょう・・・。
魔女の教え①
「こうなったらいいなと思っていることって、実はもう叶ってるんですよ。」
魔女の教え②
「願ったことは、忘れなさい。」
魔女の教え③
「だって、嫌だって思ってるんでしょう?」
_ _ _に召喚された話

この魔女の教えを、自分の中で消化するのに時間がかかった私。
「きよさんは、何ていうか、こう、先を読んで行動しちゃうのよね~」
「休むの、苦手でしょう?」
と、言われた私。
まさにその通り~!!!
「もしも」の転ばぬ先の杖で、荷物は人よりちょっと多いし、「休む」ことに罪悪感があるしで、まさに私。
大分の魔女の観察眼が凄すぎて・・・。
そんな魔女が言い当ててしまったことが、もう一つ。
「きよさん、このままいくとちょっと大変なことになるかも・・・。」
魔女のよもぎ蒸しとマッサージなどの施術、そしてお話のおかげで、身体も軽々生まれ変わった私だったのですが・・・。
人生初の片頭痛で、地獄を見ることになるのでした。
スウェーデンに引っ越してから、たびたび頭が重くなることがあり、そのたびに頭痛薬でしのいでいたのですが、
先々週の金曜日、老人ホームでのバイト中、頭が重くなりお昼の休憩の時に薬を飲んだのですが、頭痛は治らず、その日の夜はさっさと休むことに。
2027年の2月まで、夫の仕事が多忙で、私が週末も息子を一人で見ることになっているので、「これはまずい!」と思っていたものの、頭痛薬を夜中に起きて飲むまででもないだろうと思い込んでいた私は、ズキズキする痛みで夜中目覚めることになったのでした・・・。
頭が痛すぎて、吐き気まで感じるようになり、胃液もなくなるまで吐いて、冷汗が止まりませんでした。
そう。トイレに召喚されたのです。
頭も割れるように痛いし、吐き気もするしで、薬も飲めず、恨めしい気持ちで土曜日の朝は寝て過ごすことに。
でも、寝たいのに寝れない。
思い出したのは、バイトでのこと。体調も悪いし、時間通りに帰りたかったのに、他の人が無理というので、言い出せず私が残業をすることに・・・。
しかも、15分の残業のはずが、色々手伝っていると30分に伸びていました。
「なぜ、こう自分を大切にできないんだろう?」と自分にイライラして、ため息ばかりついていました。
そうするうちに、ウトウトできて夫が作ってくれたお粥も食べれるように。薬も飲んで、片頭痛も落ち着きました。
その週末は無理をせず、過ごすことに。
片頭痛の原因は色々あるようですが、私の場合は寝不足とストレスしか思い当たりませんでした。
息子が寝ている間に布団を蹴り飛ばしてしまうので、それが心配でかけ直すために起きたり(勝手に)、寝相の悪い息子に蹴られて起きたりと、息子が産まれてから、ずーっとある程度の寝不足が続いているのです。
世の母に、改めて感謝。
さて、そして、また同じ過ちを先週の月曜日に犯すことになるのです。
金曜日から始まった片頭痛。土曜日にピークで、日曜日は落ち着いていたので、大丈夫だろうと月曜日に6.45-15.00でバイトに行くことにしたのです。
バイトのシフトが組まれたのは1週間くらい前からなので、人がいないんだろうなぁ。
月曜日って欠員が出やすいよなぁ。
私が休んだら、迷惑がかかるなぁ。
と、朝から頭痛薬を飲んで職場へ。
案の定、急に休みになった人がいて、私が来てよかったといえる状況でした。
しかし・・・!!!!
10時くらいまでの、忙しい時間を過ぎて落ち着いてくる頃。
朝の休憩で座っていたらあくびが止まらず、同僚に心配されつ、余計眠くなる!と雑用をこなすことに。
そうすると、幸か不幸か、この時に限り排泄介助が続き、いつもはさほど気にならない臭いが鼻につくように感じられたのです。
時間を見ると、ちょうど薬の効果も切れかかったところで、頭の重さと吐き気が戻ってきたのです。
「自分を守る?見捨てる?」
という選択肢が頭の中でグルグルし、自分を守ることに。
結局、職場のトイレで嘔吐し、もう無理だとその日は早退させてもらうことに。
ちなみに、スウェーデンで体調が悪くなった場合、まずは1177に電話してアドバイアスをもらうのですが、そこで言われたのは・・・
「大切なのは、ゆっくりして、休むことよ。」
ですよね~。いや、分かってます。
それが、難しいんだよな~。と思いつつ、ひとまず2週間は老人ホームのバイトはお休みすることにしました。
そういえば、日本とは全然違う!スウェーデンでの病院のかかり方については、こちらをご覧ください。

ということで、片頭痛が渾身の一撃となり、完全にノックアウトされたのでした。
バイトをしない分、お散歩に行ったり、この記事を書いたりできているのですが、そこでやっと
大分の魔女の教えを吟味することができたのです。
これも、雨降って地固まるというか、ある意味片頭痛のおかげ。
ここで復習。
大分の魔女の教えは・・・
「こうなったらいいなと思っていることって、実はもう叶ってるんですよ。」
「願ったことは、忘れなさい。」
「だって、嫌だって思ってるんでしょう?」
です。
理想を引き寄せた話

大抵の引き寄せの法則の体験談は、成功されてから書かれているのばかりなので「お金もちです!幸せです!あなたも仲間に!」と希望全開だと思います。
この記事では、
いいことを引き寄せては、一度ゼロになったり、教えを手にしては使いこなせなかったりと、立ち往生しています・・・。
ここからは、引き寄せの法則を感じさせる藤井風さんの 「満ちていく」並みの
爽やかさと晴れやかさでお送りします。
理想のアパートを引き寄せた話

まず、一つ目。
スウェーデンのアパート事情は、ただの惨状なのでご興味のある方はこちらの記事をご覧いただきたいのですが、

理想の住まいが見つからないことが普通🧐という状況で、
小さい庭、トランポリン、冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機、乾燥機付きのアパートを手に入れた私たちの幸運さをどうやって伝えればいいか、分からずにいます。
先ほどの画像は、来年の夏ごろの我が家のお庭の様子。
さて、このアパート、実は2年ほど前、まさに・・・まさに!
「ここに住みたいなぁ」とジロジロ見ていたアパートだったのです!
ここで、少しお話したいのがスウェーデンの賃貸アパート制度。
スウェーデンの賃貸アパートは、毎日1ポイントを貯めて、そのポイントをたくさん持っている人が優先的にアパートを選べる仕組みになっています。
ただ、その引っ越し先のアパートの中でもポイント制度が利用できる場合があり、私達はそのアパート内のポイントを利用して、部屋数、立地、日照時間ともに、晴れてバージョンアップできたのです!
しかも、以前とあまり変わらない家賃で🤗🍀
すんごい、確率なんです。
私達よりも、前にこのポイント制度に申し込んでいる人もいて(私の友達!)、その友達が家を買ったから、もう必要ないと断ってくれて、ラッキーにも私たちに話が回ってきたようでした。
これが、どれほどの奇跡かお分かりいただけたでしょうか?
理想の車を引き寄せた話

実は、私はずっーーーと車が欲しいと思っていました。
スウェーデンで暮らしていると、車があるかないかで生活の自由度がかなり変わります。
買い物はもちろんのこと、車なら15分くらいで行ける場所でも、公共交通機関を使うと1時間かかるし。
小さい子どもがいると、乗り換えや待ち時間も含めて、移動そのものがかなり大変です。
日本での一時帰国は、基本車移動なので、スウェーデンに戻ってくると、
「またこの移動か……」と、車がないことに疲れを感じることも増えていました。
正直、車なしでの買い物が辛すぎて泣いていました。
車のない不便さを強く感じたのが、息子が怪我をして病院に行かなければならなくなった時。
スウェーデンの救急外来(akutmottagning)へ夜中にタクシーで向かったのですが、タクシーを待つ時間もあるし、運転手さんの雰囲気が怪しくて、かなり不安な気持ちになりました。
「車があったら、もっと安心して生きていけるのにな~。」
そう思ったのを覚えています。
でも、当時の私は、
「まだ永住権を持っていないし、仕事もアルバイトのような働き方だし、自分名義で車なんて契約できるわけがない」
と思っていました。
夫にも「車が欲しい」と何度も話していましたが、夫は特に車が必要だとは思っていない。
「そのうち買おうね」とは言ってくれるものの、具体的に話が進むことはありませんでした。

そんなとき、街を歩いていて、たまたまトヨタのYarisが停まっているのを見ました。
写真のやつです。
そこに”KINTO” の文字があり、調べてみるとToyotaの”KINTO Share”でした。
「これなら私でもできるかもしれない」
そう思って登録。
私は日本の運転免許をスウェーデンの免許に切り替えて持っていましたが、実際にスウェーデンで運転した経験はほとんどありませんでした。
道路の進行方向も違うし、ハンドルの位置も逆。
さすがに不安だったので、教習所で6回、先生と一緒に練習しました。
さらに、息子を乗せるためのチャイルドシートも自分で購入。
「ここまで準備したんだから、今度こそ!」
と思っていたのですが・・・。
いざKINTO Shareで車を調べてみると、近所に車がない。
しかも、思っていたより料金も高い。
車を受け取ったり戻したりで、2時間近くかかる・・・?
「意味がない!」
そこで今度はリーシングについて調べることに。
すると、思っていたより安い。しかもちょうどキャンペーン中で、さらに安くなっていました。
「一回、聞くだけ聞いてみようかな」と思って電話。
ところが、
「今の状況だとちょっと難しいと思います。」と言われてしまいます。
「やっぱり無理か~」と一度は諦めました。
ここで、摩訶不思議なことが起こったのです・・・。
まさにその時、老人ホームの仕事場から、
訪問介護(Hemtjänst)の仕事、つまり、
車に乗って利用者さんのところへ行く仕事をやってみませんか?
という連絡が来ました。
「え、どっちにしても私に車に乗れってこと?」
と思いました。
仕事で車に乗るのか、それともプライベートで車に乗るのか。
どちらにしても、「ここまで準備したんだから、やってみよう」と思いました。
そしてもう一つ。
たまたまゲストが続き、私が買い物を担当することになり、肩こりは治らないし、
「もう限界。」と
車のない生活への鬱憤が頂点に達したのです。
そこで、自分の貯金を改めて確認してみました。すると、
「あれ?新車を一括で買えるくらいのお金、あるやん。」
となったこと。
「お金がないから無理」と思い込んでいただけで、実際の状況をちゃんと確認していなかったのです。
最悪、一括で新車を買おうという気持ちでメッセージを送り、返事がなかったのでもう一度電話することに。
すると、二回目にかけた電話に出てくれた人が、
「ちょっと確認してみます。たぶん大丈夫だと思いますよ!」
と言ってくたのです!
夫の収入も合わせれば大丈夫だと思う、と。
しかも、その時期は夫もちょうど仕事の契約が終わり、新しい仕事を探しているタイミング。
「無理かな~」と思っていたのですが、確認してもらうと、なんと大丈夫。
最終的には、私自身の名前で車を契約することができました。
最初は小さいYarisにしようと思っていました。
ところが、親戚の人から、
「Yaris Crossもそんなに値段変わらないんじゃない?」と言われ
調べてみると、本当にそこまで大きな価格差がない。
だったら、少し大きくてSUVタイプのYaris Crossのほうがいいかもしれない。
そうして、最終的に注文することになったのが、Toyota Yaris Cross。
2027年1月に我が家にやってくる予定なのですが・・・
さらにアパートの駐車場も聞いてみたら、ちょうど空きがありました。
ここまで聞くと、
「いや、それって引き寄せの法則ちゃうやん?」
と思う人もいるかもしれません。
だって、私は自分で調べて、教習所に行って、チャイルドシートを買って、電話して、メッセージを送って……。
確かに、かなり自分で行動しています。
もう、自分で自分をほめてあげたいくらい、自分ですべてやりました。
でも、私が摩訶不思議だと思うのは、最終的に我が家に来ることになった車種です。
実は1年半くらい前、どこかでYaris Crossを見かけて、
「これ、いいな。欲しいな~。」
と思ったことがありました。
でも、その気持ちはすっかり忘れていました。
というより、
「私には無理」
と自分の中で蓋をしていたんだと思います。
それが今回、最初はYarisにしようと思っていたのに、なぜかYaris Crossの話が出てきて、調べてみたら価格も思っていたほど変わらなかった。
「あれ? これ、前に欲しいと思ってた車や!」
となったわけです。
しかも、職場からの絶妙なタイミングでのお誘い。
これは、もう私の力の及ばぬ場所の決定としか思えません。
夫婦の価値観の違いを掘り下げると面白かった話

今回、車を買うことになって、改めて気づいたことがあります。
それは、私と夫では、車に対する価値観がかなり違うということです。
私にとって車は、単なる移動手段ではありません。
子どもの頃、おばあちゃんと一緒におばあちゃんの実家へ車で行ってもらったこと。
そして自分が大人になってから、今度はおばあちゃんを助手席に乗せて、私が運転して連れて行ってあげたこと。
毎年恒例の、夏の旅行。新しいアルバムを買ってもらって、道中ずーっとそれをリピートしてかけてくれたこと。
妹が生まれたからは、妹の好きな曲を流していたこと。
私には、そういう家族との思い出と車が密接に結びついています。
だから私にとって車は、家族との思い出が詰まった空間そのもの。
例えば旅行先で、
「これ、おいしかったな」
と思ったものがあったら、
「じゃあ、これを家族へのお土産に買って帰ろう」
と思うことがありますよね。
だから、子育てをしている今、その車がないことが、単に「移動が不便」という以上に、なんだか大切なものが欠けているように感じていたのかもしれません。
一方で、夫はずっと車のない生活で育ってきました。
もちろん、車がなくて不便だったことはあったと思います。
でも夫は、家族との仲の良さについて、よく話します。だから、これは私の想像ですが、夫にとっては、
「車がない=何かが欠けている」
という感覚ではなかったのかもしれません。
むしろ、
「車がないから、楽しく暮らせる」
というのが、夫にとっての普通だったのかなと思います。
そう考えると、私たちが車についてなかなか話が合わなかったのも、単純に「車が必要か、必要じゃないか」という問題ではなかったのかもしれません。
私は「車がある生活」を、自分が育ってきた中での大切なものとして覚えている。
夫は「車がなくても家族で楽しく過ごせる生活」を、大切なものとして覚えている。
育ってきた環境が違えば、「普通」も違う。
以前、日本人の奥さんとスウェーデン人の旦那さんがいるご夫婦と話していたときにも、似たような話を聞きました。
「私はアパートで育ったから、アパートに住みたい。でも夫は家で育ったから、一軒家に住みたい」
そんなふうに、夫婦で住みたい家のイメージが違う。
こういう話を聞くと、やっぱり人って、自分が育ってきた環境の中で「良かった」と感じたものを、今度は自分の子どもにも与えてあげたいと思うのかもしれないな~、と思います。
自分がもらったものを、次の世代にも渡したい。
ある意味では、自分が育ってきた幸せを、もう一度子どもと一緒に再現したいのかもしれません。
だから私は、息子がいる今だからこそ、車が欲しかったのかもしれません。
一緒に出かけて、
「ここ楽しかったね」
「これ、おいしかったね」
と、これからの思い出を増やしていきたい。
そして、いつか息子が大きくなったときに、
「小さい頃、お母さんと車でここに行ったな」
と思い出してくれたらいいな~と思う。
そんなことを考えていたので、先日、夫に
「車、注文しました。1月に来ますので。受け取りは一緒に頼みます。」
と伝えたとき、夫が、
「・・・あ、そっか。車のある生活か。」
というような反応をしていたのが、ちょっと印象に残りました。
ものすごく喜んでいるわけでもなく、反対するわけでもなく、
「そうか、これからは車がある生活になるのか・・・。」
と、静かに受け止めている感じ。
その様子を見て、
「ああ、やっぱり私たちにとって、車って全然違うものなんだな~」
と改めて思いました。
私にとっては、ずっと欲しかったもの。欠けていたもの。
夫にとっては、これまで特になくても困らなかったもの。
こんなにも「当たり前」が違うという事実が、面白いなぁと感じたの紹介させていただきました。
と、これも大分の魔女との会話で「ふっ」と気づいたことでした。
理想の職場を引き寄せた話

こちらは、職場の休憩室からの景色。
窓際やバルコニーには座れる場所もあって、パソコンを持ってきて仕事をすることもできます。
コーヒーを飲みつつ、ヨーテボリの街を眺めながらパソコンをカタカタ・・・。
以前、私はプログラミングを少し勉強していたことがあり、授業の一環で、履歴書のワークショップに参加したことがありました。
場所は、IT系の企業が入っているビルの一角にある貸し会議室。
その建物の中には、おしゃれなカフェのようなスペースがあって、コーヒーマシンが置いてありました。
少し離れたところでは、何人かの人がそれぞれパソコンを開いて仕事をしている。
カタカタ、カタカタ……。
それを見ながら、
「わあ、いいな。こんなところで仕事できたら素敵だな」
と思ったのを覚えています。
UXもプログラミングもやめて、そんなことも、すっかり忘れていたある日。
私は職場の休憩室で、パソコンを開いていました。
日本語のレッスンで使うPowerPointの教材を作っていたんです。
「この参加者は、こういうことを勉強したいと言っていたから、これも入れてみよう」
「この説明は、こっちのほうが分かりやすいかな~」
そんなことを考えながら、教材を作っていました。
そして、ふと気づきました。
「あれ? 夢が叶ってる。」
首に下げているのは、職員用のタグ。これで、休憩室や教室に入ることができます。
オシャレなカフェのような休憩室のワークスペース。
窓の外にはヨーテボリの街。
そして私は、授業で使う教材を、没頭しながら楽しく作っている。
その瞬間、
「これ、昔私が『こんなところで仕事したい』って思っていた環境や!」
と悟ったのです。
そこで、ちょっと不思議なことに気づきました。
私は4年前、この職場で働いていました。
でも、当時はこんな休憩室がなくて、工事があったそうで、休憩室の雰囲気が変わったということでした。
その後、私は妊娠・出産・育休を経て、また仕事に戻ろうとしていました。
ところが、その頃はプログラミングの勉強なども重なって、もういっぱいいっぱい。
「とてもじゃないけど無理だ」
と思って、突然ではありましたが、一度その仕事を断ることになりました。
一度、手放したのです。
その後、また日本語を教えたいと思うようになり、「また働きたいです」と連絡をしたのですが、突然断ってしまったことで、迷惑をかけたことも分かっていました。
だから、もう一度連絡するのは、正直ちょっと勇気がいりました。
「今さら私から連絡していいのかな」と思う気持ちもありました。
でも、自分から「また仕事に戻ってやりたいです」と伝えたのです。
その後、別の方がそのクラスを担当してくれていたので、私に仕事の話が回ってくることはありませんでした。
ところが、その方が急にクラスを担当することが難しくなり、また私のところに話が戻ってきたのです。
もちろん、私だけに声がかかったわけではなく、他の人にも声をかけていたそうです。
私は夫と相談してから返事をしなければならなかったので、すぐには答えられませんでした。
でも、考えた結果、
「やっぱり私は、この仕事がしたい。」と思いました。
そして、夫を説得。できるだけ早く「私がやりたいです」と返事をしました。
なんだか、仕事が最高のタイミングで私のところに戻ってきてくれた気持ちでした。
今回のことを「引き寄せ」と呼ぶのかどうかは分かりません。
自分から動いたこともあります。
以前の上司に「また仕事をしたい」と伝えたこともそう。
一度断った仕事に、もう一度手を挙げたこともそう。
家族と相談して、今の自分たちにできる働き方を考えたこともそうです。
だから、全部が偶然だったわけではありません。
でも、
- 職場の環境が変わったこと
- 以前の仕事が一度離れて、また戻ってきたこと
- ちょうど今の自分なら「やりたい」と思えたこと
- 他の人にも声がかかっていた中で、自分が先に「やりたい」と言えたこと
そういう小さな出来事が、まるでパズルのピースみたいに重なりました。
そして今、私はその場所で、自分の好きな仕事をしています。
窓の外にはヨーテボリの街。
手元にはパソコン。
画面には、日本語の教材。
その瞬間に、
「ああ、私が昔思い描いていたのは、こういうことだったのかもしれない」
と思いました。
人生って、面白いなぁと思います。
一度は「違う」と思って手放したものが、別の形になって、何年か後に戻ってくることがある。
そしてそのとき初めて、
「これが私の欲しかったものだったんだ」
と気づく。
タイミングがあるんだなぁと感じます。
手放した話

引き寄せることより、難しいのが、実は「手放す」ことかと思います。
いい思い出なら、大切に何度も思い出せばいいのですが、
反対に、
辛い思い出や悔しい思い出も、また思い出しては、イライラしたり悲しくなったりすることはありませんか?
「~しとけばよかったなぁ」も、
「昔は~だったんだよな~」も、
手放せていないことの一つではないでしょうか?
「囚われてはいけない。」と誰しも分かっているものの、中々手放せないのも事実。
はたまた、大分の魔女に「きよさん、以前、毒祖母の話をされてましたけど、おばあさんには、どうして欲しかったんですか?」と聞かれ、
「あ、もう祖母への負の感情はないんです。手放したんです。」と答えられた自分がいたことに驚きました。
あれから、1か月。
他にも、気づけば手放していたこと、意識して手放したことがあるので、ちょっと共有させていただきます。
毒祖母を手放した話

私は母方の祖父母と一緒に暮らして育ちました。
その祖母は、いわゆる「毒祖母」と呼ばれるようなところがある人でした。
「毒親」という言葉がありますが、親の言動によって子どもが傷つくように、祖父母の言動によって孫が傷つくこともあります。
うちの祖母は、とてもパワーのある人でした。
笑顔がすごく素敵で、もちろん良いところもたくさんありました。
料理上手で、茶碗蒸しとかぼちゃのスープを作らせたら日本一!
でも、気分の上がり下がりが激しかったり、少し被害者意識のようなものがあったりして、私は子どもの頃から、祖母のことを「ちょっと怖いな」と感じることもありました。
特に、祖母のそういう部分が母に向けられているのを見るのが、私はすごく嫌でした。
「どうしてお母さんにそんなことをするんだろう」
そんな気持ちがずっと自分の中に残っていたんだと思います。
そんな祖母が、以前、私のために高級なバッグを買ってくれたことがありました。
祖母自身、ルイ・ヴィトンが好きで、お友達との韓国旅行では、ブティックを色々見ることを楽しみにしているようでした。
祖母がくれたのは、ルイ・ヴィトンとバーバリーのバッグ。
でも、正直なところ、私はあまり使っていませんでした。
私は、あまりブランド柄の強いものが好きではなく、もらったのも中学生の時だったので、浮きすぎていやだったのです。
そして前回日本に帰ったとき、
「もう使っていないんだったら、売ってしまって、そのお金をおばあちゃんのために使ったらいいか?」
と思うに至ったのです。
一時帰国では、息子が1歳のお誕生日を迎える時は、おばあちゃんの認知症が始まったころで、私達が日中面倒を見たり、受け入れてもらえるデイサービスが見つかるまで、正直大変でした。
その後の一時帰国でも、おばあちゃんが息子に飴をあげようとしたり目が離せず、母もおばあちゃんにかかりっきりで、休まらないなぁと思う日々が続きました。
正直、「おばあちゃんが嫌い。おばあちゃんの想いも捨てたい。」
と心のどこかで思っていたのかもしれません。
かばんは、買取大吉で売りました。
今思えば、かなり安く売ってしまったなぁと思います。
スウェーデンに戻ってから、
「もしかしたらスウェーデンで売ったほうが、もっと高く売れたんじゃない?」
「損したな~」
なんて、最初は、ふとそんなことを考えていました。
でも、その後、時間が経つにつれて、別の気持ちが出てきたのです。
バッグは、ただのブランドバッグではありませんでした。
祖母が、「きよのために」
と思って買ってくれたものだったんです。
私はずっと祖母に対して、
「許せない」
「お母さんにあんなことをするなんて」
という気持ちを抱えていました。
だから、そのバッグを手放したときも、もしかしたら知らないうちに、
「そんなもの、別にいらない」
という気持ちがどこかにあったのかもしれません。
でも、あとになって、
「私、おばあちゃんの愛情まで一緒に無下にしてしまったんじゃないかな」
と思うようになりました。
もちろん、祖母から傷つけられた経験や、母が傷つけられてきたことまで、なかったことにする必要はありません。
でも、
祖母には祖母なりの愛情もあったんだ。
そう心から思えるようになってきたのです。
祖母は認知症がかなり進んでいて、私のことももう覚えていないと思っていました。
ところが、あるときLINE通話していると、
「そういえば、昨日、2階にきよちゃんいる?って聞いてたで」
と母が言ったのです。
それを聞いたとき、なんだか自分の中にあったものが、すっと抜けていくような感覚がありました。
「あ、おばあちゃん、私のことまだ覚えてくれてるんや・・・」
これまでずっと抱えていた、
「許せない」
「なんであんなことをするんだろう」
という気持ちが、いつの間にか薄くなっていました。
考えてみれば、私はバッグを手放しました。
ルイ・ヴィトンとバーバリーという、決して安くはないバッグでした。
実家は裕福な訳でもないので、本当に安くない買い物だったと思います。
だから。たぶん最初は、
「もったいなかったな」
「もっと高く売れたかもしれない」
という気持ちがありました。
でも、時間が経ってみると、逆だったのかもしれないなぁと感じるようになったのです。
バッグという「物」はなくなった。
でも、その代わりに、
祖母が私に向けてくれていた愛情を感じる心が、自分の中に戻ってきた。
そんな感じがしたのです。
物を手放したことで、物に込められていた気持ちが、初めて見えた。
なんだか不思議。
そして、これも不思議なんですが、そんなことをすっかり忘れていた頃に、大分の魔女の質問で、この祖母の話が出てきたのです。
もちろん、実際に日本に帰って、祖母を目の前にしたら、またイライラしたり、昔の感情が出てきたりするかもしれません。
でも、今この瞬間の私は、祖母に対する負の感情を持っていない。
そのことに、自分自身が驚きました。
そして、
「こういうことにも、タイミングってあるんだな」
と思ったんです。
タイミングというと、
大分の魔女は、大変魅力的な方で、実業家でもあります。
「事業をされているということですが、料金設定ってどうやって決めているんですか?」
と質問したことがありました。
すると、
「え、それは考えたことがなかった」
とおっしゃったのです。
そして、
「じゃあ、こうやってきよさんが質問してくれること自体が、そういう流れだったのかもしれないね」
というようなことを言われました。
自分では何気なくした質問が、相手にとって新しい気づきになることもある。
そして、自分自身も、誰かとの何気ない会話によって、忘れていたことに気づくことがある。
そのとき私は、
「本当に、人とのご縁って不思議だな~」
と思いました。
被害者意識を手放した話

最近まで、「自分はかわいそうだ」と思っていました。
例えば、息子が生まれたとき。
夫が「実家からも手伝ってもらえるよ」と言っていたこともあって、私はバリバリ、夫の実家からのサポートを期待していました。
でも、実際には思っていたような支援がありませんでした。
そうすると、
「全然手伝ってくれない」
「私はこんなに大変なのに」
「どうして誰も助けてくれないんだろう」
いつの間にか、
「私はこんなにかわいそう」
という気持ちになっていました。
でも、「神道 引き寄せの法則」を読んだことがきっかけで、少し考え方が変わりました。
困ったことが起きたときに、
「どうして私ばっかり」
とそこに留まり続けるのではなく、
「じゃあ、この状況をどうやって越えていく?」
と考える。
その姿勢を学んで、
「ああ、確かにそうや。」
と思ったのです。
そして今回、夫の仕事がさらに忙しくなりました。(もうやめて😭)
一方で、私は日本語を教える仕事もやりたい。
以前だったら、
「夫が忙しいから何もできない」
「誰も子どもを見てくれない」
「どうして私ばっかり……」
となっていたかもしれません。正直、なりかけました。
でも今回は、ちょっと違いました。
「じゃあ、どうしたら私は仕事ができるんだろう?」
と考えたんです。
そして、夫に、
「あなたのお母さんに頼んでよ」
と任せるのではなく、
私自身が義母に直接連絡することにしました。
「このくらいの期間、泊まりに来てもらって、息子を見てもらえませんか?」
と、具体的にお願いしてみる。
もちろん、義母にも都合があります。
だから、お願いしたら必ず助けてもらえるわけではありません。
でも、大切なのはそこではなくて、
「誰かがやってくれるのを待つ」から、「自分から動いてみる」へ変わったこと。
被害者意識を手放すと、選択肢が増えることに気付きました。
「じゃあ、私はどうしたい?」
と考えた瞬間に、少しずつ選択肢が出てくる。
もちろん、現実には誰かの協力が必要なこともあります。
だから「全部自分でやれ」という話ではありません。
むしろ逆で、
必要なときは、自分から人に頼る。
そのために自分から動く。
それができるようになったんだと思います。
「かわいそうな私」から一歩外に出る
今振り返ると、以前の私は、
「誰かが私を助けてくれない」
と悲しむことに、かなりエネルギーを使っていたんだと思います。
でも、そのエネルギーを、「じゃあ、どうすればいい?」に使えるようになった。
それだけで、ずいぶん世界が変わりました。
「~しなきゃ」を手放した話

自分で話していて、ちょっと呆れてしまうのですが、私はどうも「休む」ということがとても苦手なようです。
老人ホームで働いていると、同僚がちょっと休憩して、スマホを見ていることがあります。
それを見て、
「いいなあ」
と思う自分がいる一方で、
「仕事中にそんなに休んでいいの?」
と、ちょっとイラッとしてしまう自分もいる。
そして、私は洗濯室に向かうのですが・・・。
でも、よく考えてみたら、もしかするとそのイライラの正体は、羨ましさだったのかもしれません。
「私も、それくらい自然に休めたらいいのに」と。
私はToDoリストを作るのも大好きです。
やることを書き出して、ひとつずつ消していく。
チェックが増えていくと、なんとも言えない達成感があります。
でも問題は、そのToDoリストが結構無謀なこと。
「これ、今日中に全部できる?」
というくらい予定を詰め込んでしまう。
そして、
「これを全部終わらせてから休もう」
となる。
でも、全部終わるわけがないので、休めない。
そして疲れがどんどん溜まって、最後には体調をガクンと崩して、強制的に休むことになる。
大分の魔女の質問で気付いたのですが、休憩って
「やることを全部終わらせた人だけがもらえるご褒美」
じゃないんですよね。
本当は、休むことも、その日の予定の一部にしていい。
むしろ、休まないから最後に全部崩れてしまうのであれば、途中で休むほうが結果的に長く走れる。
そして、これにはもう一つ気づきがありました。
以前、大分の魔女と話していたときに、
「キヨさんって、なんか『しなきゃ、しなきゃ』って思っちゃうでしょ」
と言われたのですが、まさにその通りでした。
例えば、私はスウェーデンで日本語を教える仕事をしたい。
スウェーデン語のレッスンを提供することも、私は本当に好きです。
受講生の方と一緒に勉強したり、教えたりすることには、ちゃんとやりがいもある。
だから始めたときは、「やりたい」だったはずなんです。
がいつの間にか、
「スウェーデンで先生になるために、やらなきゃ」
「生徒を集めなきゃ」
「もっと頑張らなきゃ」
になっていました。
さらに今は、日本円とスウェーデン・クローナの関係もあって、料金設定について悩むこともある。
そうすると、好きで始めたことまで、いつの間にか「仕事を完成させなければ」という義務になってしまう。
大分の魔女と話していて、私があまりにもハッキリ
「スウェーデン語やりたくないんです!」
というので、大分の魔女にも爆笑でした。
ちなみに、生徒さんが集まらなかったので、2026年の秋コースは中止にして、費用も全額返金とさせていただきました。
せっかく申し込んでいただいた方、申し訳ありません。
さて、話を戻して。
最近は、
「しなきゃ」と思ったら、一回立ち止まるようにしています。
「本当に今、しなきゃいけない?」
と考えてみる。
もちろん、本当にやらなければいけないこともあります。
仕事、家事、子育て。
ただ、
「しなきゃ」という気持ちだけで自分を動かしていないか?
と、一度確認する。それだけでも少し違う気がします。
今週も「老人ホームに行かなきゃ」と思ったけれど
その一方で、
「今、自分が本当にやりたいことは何?」と考えてみた。
そして、今の私は、
ずっと心の中にあったものを、言葉にしたい。と思ったんです。
頭の中にあるモヤモヤ。
今まで経験してきたこと。
自分の中で、まだうまく言葉になっていないこと。
それを、今はブログに書きたい。
だから今週は、その時間を自分のために取ることにしました。
以前なら、夜中に起きるか朝早く起きるかして、ブログの時間を捻出していましたが、今は体力が持たないことを分かっているので、日中の時間を堂々と使うことにしたのです。
「やらなきゃ」に関しては、引き寄せの法則でも願いが強すぎるゆえ、逆のことを引き寄せてしまうことにも、通ずる部分があるのではないかと感じました。
それから、「やらなきゃ」が強すぎると、肩に力が入りすぎて、がんじがらめになってしまう気もします。
みなさんは、どう思われますか?
管理人式、引き寄せない法則

これまでの人生で感じたこと、学んだこと、気づいたこと。
スウェーデン暮らしの掲示板、管理人式、引き寄せない法則なるものを紹介させてください。
願いに気付く
「世界平和」を願うことも、「車が欲しい」と願うことも、等しく「願い」です。
大分の魔女が「何で、車欲しいって思っちゃダメなんですか?いいんですよ!」と
言ってくださったのですが、自分のために欲しがることを悪く思う必要はないのです。
願いと言えば、「嫌だなぁ」というその気持ちにも、自分からの大切な願いのサインが隠れていると思います。
例えば、私はマウントしてくる人が苦手なのですが、その理由を考えてみると、
私も知っていることを話して、協働したい。
なんか私が大切にされてない気がする。
競争はしたくない。
という気持ちが隠れているのかなと思います。
さっきの被害者意識にも共通してくるのですが、
裏を返せば、私は自分を大切にしたいし、色んな人と協力したいと思っているのでしょう。
嫌という気持ちを避けて、臭い物に蓋をするのではなくて、
ちょっと、踏み込んでみると面白いかもしれないなと思います。
ちなみに、これは私の推し、心理学者のアンデシュ・ハンセンさんもラジオのプログラムで言っていたことです。
水に流す
「願い」も、「負の想い」も、水に流してしまうのが一番。
この記事の序盤で、紹介しましたが、
引き寄せの法則というのは恐ろしいもので、
願っていることをすべて引き寄せてしまうので、
願いが叶わないかもしれない不安という気持ちを持っていれば、それが現実になってしまうのです。
だから、大分の魔女が言うように、願いは「あ、これがいいな、よし、叶った。」と思った時、
水に流して忘れてしまうのが一番得策。
現実になるタイミングは、なんとも摩訶不思議なご縁のあるタイミングで叶うことになるのです。
叶ったことを味わう
これが、意外と難しい。
お金持ちになりたいな。
理想の体型になりたいな。
こんな車が手に入ったらな。
1日に、何度こうなったらいいな~ということを考えているのでしょうか?
しかし時間を取って、あれもこれも、叶っているということを再確認する機会は思ったより少ないかもしれません。いい意味でも、悪い意味でも。
以前、コーチングのセッションを数ヶ月に渡り受けていたことがあるのですが、
自分の心の中、そしてこれからのことというのを考える時間はとてもかけがえのないものでした。
コーチングの先生がおっしゃることには、重役についている人、会社の社長こそ、
とても多忙だが、自分との約束を大切にしている
ということでした。
その自分との約束というのが、心の状態を見つめる、例えばコーチングなどを大切にしているんですよということでした。
私は鬼滅ファンなのですが、私の推し、我妻善逸さんが、無限城の映画の戦闘シーンで、
心の幸せを入れている箱に穴があるんだ。そうすると幸せがどんどん抜けていくんだよな。
と言っていたのですが、
この穴を塞ぐことができるのは私たち自身ではないでしょうか。
ここがまた面白いのですが、数ある引き寄せの法則の本でも、
「幸せに気づく、感謝することの重要性」が書かれているものが多いです。
あとがき

私の母は、スピリチュアルな人です。
ホテルや旅館の部屋について、まずすることは柏手を打つこと。
「何か悪い気を感じたら、首を後ろをポンポンしたらええねん!」を私に教えてくれたのもお母さん。
蛙の子は蛙で、私も気づけばスピリチュアルオーラ全開の「引き寄せの法則」にハマり、昨日は雨穴さんの”Strange Pictures”を英語で読み、首の後ろをパンパンしまくりました。
日本人の著書をなぜ英語で読んだのかというと、
The English Bookstore でしか使えない 有効期限1日切れのギフトカードを夫が見つけ、息子と私で英語の本を買うことになり、
雨穴さんの”Strange Pictures”が “The Japanese Mystery Sensation” と売り出されていて、
本屋さんでも「今月のミステリー本」に選ばれていたので、つい手に取ってしまったのです・・・。
夜、トイレに行くのをためらわせる、ゾクっとする怖さがありますね😅
さて、大分の魔女に絵ハガキをもらい、そのお返事を書いている途中、どうしても今回の気持ちの変遷を、一度まとめたくなり、
この記事を書くに至りました。
今、私はお金持ちでも、幸せの絶頂でもありません。
でも、無難に幸せだし、「~じゃなきゃ」からも片頭痛からも解放され、
「これも、あれも、最高のタイミングとご縁で実現するから、楽しみだなぁ」と
いくつもある、願いに気付き、そして水に流す毎日を送っています。
でも、できること、自分の直感、スウェーデン語の”magkänsla”(お腹の気持ち😆)は大切に、毎日一生懸命過ごしています。
そんなことを言うと、「夢がない」とか「引き寄せれてない」とか思われるかもしれませんが、
90%の人は、そんなものなんじゃないでしょうか?
ごく一部の、引き寄せ成功者の方は、「超お金持ちの自分」が直感ですごくピンときたのかもしれないなぁと最近思います。
だから、宝くじを買ったり、これだ!と思うものに全財産投資できたのかもしれません。
「直感でピンとくる」と言えば、
大分の魔女が、わが家に来てくれたのが日本に帰国直前だったので、親切心で
「荷物の重さ図るのに体重計使いますか?」なんて聞いたのです。
フィンエアー航空のエコノミーは荷物の重さ23キロまでで、私はいつも23キロぴったりになるように、ヒヤヒヤしながら荷造りしています。
すると、大分の魔女がちょっぴり言いにくそうに
「ビジネスだから、たぶん大丈夫だと思うんです。ありがとうございます!」と
おっしゃったのです。
私の中で、新しい「願い」が産まれた瞬間だったことは間違いありません。
が、同時に、自然と「こうだ」という前提が、自分の中で勝手に存在していることに気付きました。
私の日本語の生徒さんでも、実業家で活躍されている方が数名いるのですが、
成功例を目の当たりにしても、
心のどこかで「自営業は失敗する」と思い込んでいる節があり、それで、私の自営業も上手く軌道に乗っていないのかなぁなんて思った次第です。
このブログも、軌道に乗せたいのですが、中々足踏みしている状態です😕
これもご縁かな、と思いこちらでもちゃっかり、お声がけさせていただきます。

アドバイスなどいただけるようでしたら、ぜひお願いします。
さて、今回は色々書かせていただいたのですが、
結局、母の口癖でもある「淡々と」とが一番強いのかもなぁとも思います。
ということで、長くなりましたが以上です。
これまで、出逢ってくださった方、これから出逢ってくださる方、
大分の魔女に伝えきれない感謝の気持ちを込めて、ありがとうございます!
Tack så hemskt jättemycket!


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